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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3146号 判決 1997年5月29日

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)両名の各控訴に基づき、原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)両名それぞれに対し、各金二〇八〇万〇一三三円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)両名のその余の請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)両名の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)両名

1  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は、控訴人両名それぞれに対し、各金六六四八万一七一一円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  控訴人両名の本件各控訴をいずれも棄却する。

2  原判決主文第一項を次のとおり変更する(附帯控訴)。

被控訴人は、控訴人両名それぞれに対し、各金一五〇三万一九〇九円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え(敗訴部分の一部取消)。

3  控訴費用及び附帯控訴費用はいずれも控訴人両名の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人が惹起した交通事故により死亡した二木外朋子(当時満一九歳、大学生。以下「外朋子」という。)の両親(相続人)である控訴人両名が、被控訴人に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案であるところ、原審が控訴人両名の請求を一部認容・一部棄却したので、控訴人両名から控訴を、被控訴人から附帯控訴(敗訴部分の一部取消)を申し立てたものである。

二  争いのない事実及び争点は、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の「二 争いのない事実」及び「三 争点」(原判決二枚目裏二行目冒頭から三枚目裏五行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  争点に関する当事者の主張

1  外朋子の死亡による逸失利益について

(一) 控訴人両名

(1) 就業前の幼児や学生の逸失利益の算定方式については、初任給にホフマン係数を乗じて算出するいわゆる大阪方式と全年齢平均賃金にライプニッツ係数を乗じて算出するいわゆる東京方式とがあり、そのいずれかによって算定されるのが裁判実務の大勢であることは周知の事実であり、いずれの方式を採用するかは裁判所の裁量によることも明らかなことであるかもしれない。しかしながら、右算定方式の基礎にある論理は同じものではないし、算出される金額にも差がある。したがって、その選択は、第一に逸失利益の算定方法としていずれが理に適っているか、第二に当該事件の個別事情に照らした場合にいずれの方式を採用するのが妥当であるか、を勘案してなされるべきであって、単なる因習等によって機械的・画一的になされるべきではない。

(2) 右の点からすれば、本件については、次の理由により大阪方式を採用すべきではない。

逸失利益は、被害者が生きていれば二二歳から六七歳まで就労することによって得ることができたはずの利益であるから、その額は、その期間全体にわたって被害者が得ることができたであろう所得をもとにして算定されるべきであり、被害者の所得を初任給に固定させたままで四五年にわたる逸失利益を算定するというのは、明らかに非現実的かつ不合理であり、経験則に反する。本件の被害者である外朋子は、就労間近な大学生であるので、その逸失利益は、将来の稼働可能な期間全体について長期的にみてどれだけの収入を得る蓋然性があるかどうかという観点から算出されるべきであって、一方において被害者の将来所得から五パーセントの率で中間利息を控除しながら、他方において被害者の所得を初任給に固定したままにしておくというのは、不合理である。

(3) 次に、逸失利益の算定において全年齢平均賃金を用いる場合、従来は賃金センサスの平均値、すなわち、年齢別労働者構成比を加重する加重平均値が用いられてきた。しかしながら、この加重平均値を用いて逸失利益を算定することは、極めて不合理であるばかりか、両性の平等を定めた憲法一四条の精神に反するものであり、単純平均値を使用すべきである。すなわち、大卒女子の賃金がすべての年齢階層において中学卒男子の賃金を上回っているにもかかわらず、賃金センサスの平均値を用いると逆に中学卒男子の平均給与額が大学卒女子の平均給与額を上回るという奇妙な結果を生じる(例えば、平成四年の資料を基に中学卒の男子と大学卒の女子の平均給与を計算すると、前者の単純平均値は四二四万九一〇〇円、加重平均値は四八二万一三〇〇円であるのに対し、後者の単純平均値は六〇四万五四〇〇円、加重平均値は四一七万三九〇〇円となるので、加重平均値を用いると単純平均値を用いるよりも、前者の方が13.5パーセントも多くなるのに対し後者は逆に三一パーセントも少なくなる。)。このような結果が生じるのは、主に、加重平均による場合には女子の中途退職者についてその退職後の家事・育児等の労働を正しく評価していないことによるものである。したがって、逸失利益の算定において全年齢平均賃金を用いる場合は、加重平均値ではなく単純平均値を用いて算定するのが合理的である。

(4) そして、将来所得から中間利息を控除する方法のうち、理論的に正しいのはライプニッツ法である。けだし、我々の社会では利子は複利で計算されるからである。したがって、通常用いられている逸失利益の算定方式に限って言えば、全年齢平均賃金(単純平均)にライプニッツ係数を乗じる方式が理に適っている。しかしながら、控訴人両名は、全年齢平均賃金(単純平均)にホフマン係数を乗じて逸失利益を算定する方法を主張するものである。最高裁判所も全年齢平均賃金にホフマン係数を乗じて逸失利益を算定する方法について、直ちに不合理な算定方法ということはできないとしている(最高裁平成二年三月二三日判決・裁判集民事一五九号三一七頁)。

(5) また、いわゆる男女雇用機会均等法が施行されて七年余りを経過した今日、被害者の個性や能力などを無視し、女性であることだけを根拠として、現在の賃金センサスに現われている男女間賃金格差を被害者の将来所得の算定にそのまま反映させるという旧態依然たる方法は、論理的に誤っているばかりか、法の下の平等をうたった憲法の精神に悖るものである。

(6) 以上により、外朋子の死亡による逸失利益を算定するにあたっては、統計上得られる大学卒・男子労働者及び女子労働者の単純平均値を用いるべきである。平成五年度賃金センサスによれば、二二歳から六七歳までの労働者の年間平均賃金(単純平均)は大学卒男子が七五一万〇七〇〇円、大学卒女子が六一九万三四〇〇円であるから、その平均は六八五万二〇〇〇円である。そして、一九歳一〇か月のホフマン係数は21.872526であり、所得から控除される生活費の割合は三〇パーセントが妥当である。

したがって、外朋子の死亡による逸失利益は、一億〇四九〇万九三八三円となる(685万2000円×21.872526×0.7=1億0490万9383円)。

(二) 被控訴人

(1) 逸失利益を死亡によって得られなくなった利益と定義すると、これを厳密に算定するには、数学の確率論における「期待値」によらなければならない。しかし、「期待値」によって厳密な逸失利益を算定することは、損害を立証する被害者に煩雑かつ困難を強いるので、右「期待値」の代替策として賃金センサスの全年齢平均賃金(年齢別労働者構成比を反映したもの)を基準とした算定方法が採用されているのである。これは、控訴人両名の主張する単純平均による算定方法よりも合理的である。

そもそも逸失利益を算定するに当たっては、それがあくまで将来の予測に関する蓋然性の問題であることから、女子の大学生が死亡した場合には、抽象的な大学卒女子(平均的な大学卒女子)、すなわち、性別、年齢、学歴等の要素をもとに定立された一定の類型を基準として判断すべきであって、被害者が現実に得ていた収入を証明することができる場合のように、個別具体的な個人の能力を基準として判断するべきではない。したがって、その基準は過去の大学卒女子の年齢別労働者構成比によらざるを得ないのである。けだし、それ以外に、客観性があり、かつ、高度の蓋然性を保てる基準は他に存在しないからである。

(2) 控訴人両名は、現在の大学卒女子が現在の中学卒男子と同じ確率で定年まで稼働することを前提としているが、この前提には客観性がない。確かに、大学卒女子が定年まで稼働する確率は過去に比べて増えるかもしれないが、現在の不況・円高等に鑑みれば、大学卒女子の就職率が減少し、ひいては定年まで稼働する確率も減少するかもしれず、未来は不確実といわざるを得ない。だからこそ、過去を基準として未来を判断するほかはないのである。控訴人両名は、大学卒女子の逸失利益が中学卒男子のそれより低く算定されるのは性による差別であると主張するが、右算定は、大学卒女子と中学卒男子の定年まで稼働する確率の相違という事実的差異に基づく合理的な区別であって、何ら憲法一四条の禁止する不合理な差別には当たらない。また、賃金センサスの加重平均値を用いて女子の逸失利益を算定した場合でも、退職後の家事や育児のための労働も適正に評価されているのである。

(3) 控訴人両名のいう単純平均の主張は、大学卒女子が定年まで退職せずに勤務する確率が一〇〇パーセントであること、すなわち、死亡退職、解雇、病気や負傷等による退職が全くないことを前提とするものであり、これが著しく現実から遊離するもので、かつ全く客観性のないことは明白である。また、高齢の専業主婦の逸失利益を控訴人両名のいう単純平均によって算定すると、定年間際の高額所得者と同額の収入があることを擬制することになって、明らかに不当である。

(4) 控訴人両名の主張は、被害者が六七歳まで確実に生存するという前提を採用しているが、これは誤りである。東京地裁では、賃金センサスの全年齢平均賃金(年齢別労働者構成比を反映したもの)を基準とした算定方法を採用することにより、六七歳までに死亡する可能性を考慮に入れて逸失利益を算定しており、この点については、大阪地裁でも実質的には同じである。現実には六七歳までに死亡する労働者がおり、就労しなくなる可能性もあるのであるから、これを全く考慮しないのは不当である。

(5) 控訴人両名は、憲法一四条が「結果の平等」を志向していると理解しているようであるが、同条は「結果の平等」ではなく「機会の平等」を志向しているに過ぎず、自由競争の結果生じた不平等は憲法二五条等の社会権条項が担って実質的平等を図るのであり、その場合の実質的平等も「結果の平等」ではなく「機会の平等」の実質的確保にあるに過ぎない。

判決による逸失利益の算定は、自由競争を行う私人間において損害の公平な分担という利益調整をなすものである。性別、学歴等により類型化された賃金センサスの全年齢平均賃金(年齢別労働者構成比を反映したもの)を基準として逸失利益を算定する方法は、まさに各人の自由競争能力(意思と能力)に応じて算定することであるから、「機会の平等」を志向する憲法一四条の趣旨に合致するものである。

また、いわゆる大阪方式が関西地域の裁判所において長年にわたり培われてきたものであって、関西人一般にも許容し得るのみならず、法的安定性が歴然と存在する。

(6) 以上のとおり、本件においては、いわゆる大阪方式(初任給固定方式)を採用して逸失利益を算定するのが合理的である。女子の逸失利益を増加させるために、男子の賃金と女子の賃金との平均値を用いるのは、単なる便宜論でしかない。なお、所得から控除される生活費の割合は、本件の場合五〇パーセントが妥当である。

2  慰謝料について

(一) 控訴人両名

本件事故は、被控訴人が信号を無視し無謀な運転をした結果生じたものであり、被害者である外朋子には全く落ち度がない。外朋子は当時一九歳一〇か月の大学生で、その可能性に満ちた人生を被控訴人の右行為によって断ち切られたものであり、その無念さは計り知れず、何ものにも代え難い最愛の娘を奪われた控訴人両名が受けた精神的打撃も大きい。これを慰謝するには、五〇〇〇万円を下らない。

(二) 被控訴人

大学卒女子の逸失利益が低く算定されていることを補完する趣旨で、慰謝料を高額なものとすることは、かえって男女平等の原則に違反する。女子と男子の死亡による精神的苦痛には、事実的差異はないのであるから、女子の死亡による精神的苦痛が大きいものとすることは、新たな男女差別を生むものである。

3  控訴人両名のその他の損害に関する主張

控訴人両名は、外朋子の葬儀費用として三四三万三二五六円、墓石建立費用として五七〇万円、入退院関係費等として一〇七万八七三七円の合計一〇二一万一九九三円を支出したところ、右損害はすべて本件事故と相当因果関係にある損害である。

第三  争点に対する判断

一  外朋子の死亡による逸失利益について

1  我が国の損害賠償制度は、不法行為によって現実に発生した具体的損害を金銭賠償の方法によって填補することを原則としているところ、右の賠償額の算定にあたっては不法行為制度全体に通じる理念である損害の公平な分担という要請に則り、できる限り正確になされるべきである。

そして、本件のごとく収入のない未就労年少者が不法行為によって死亡したような場合には、その者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害の額を算定することは極めて困難であるが、そのような場合でも、算定困難の故をもってたやすくその賠償請求を否定し去ることは、前記理念に照らし許されることではないから、一般の場合に比べて不正確さを伴うにしても、裁判所は提出されたあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するよう努めるのが相当であり、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収入の額を算定することができる場合には、これをもって損害額を認定することができるというべきである。

2  ところで、これまで、未就労者の逸失利益の算定において、その基礎収入については、賃金センサスの男女別初任給平均賃金を用いる方法と男女別全年齢平均賃金を用いる方法とがあり、また、中間利息の控除については、いわゆるホフマン方式とライプニッツ方式とが用いられ、これらを組み合せる方法がこれまでの裁判実務上採用されているところ、男女別初任給平均賃金(固定)を用いる方法とホフマン方式の組合せ(最高裁昭和五四年六月二六日判決・裁判集民事一二七号一二七頁)、男女別全年齢平均賃金を用いる方法とライプニッツ方式の組合せ(最高裁昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一五〇〇頁)及び男女別全年齢平均賃金を用いる方法とホフマン方式の組合せ(最高裁平成二年三月二三日判決・裁判集民事一五九号三一七頁)は、稼働期間や生活費控除率等をも総合考慮して、具体的事案において全体として合理的な数値を算出することができれば、いずれも一般的にはそれ自体不合理なものであるとはいえず、右の点についていかなる算定方法を採用するかは、裁判所の自由な裁量に任されているというべきである。

そこで、右三種類の組合わせに、全年齢平均賃金を用いるときにはさらに控訴人主張の単純平均値をも組合せに加え、この五種類の組合せ毎に性別を男、女、その平均の三種類に、生活費控除率を被控訴人主張の五〇パーセント、四〇パーセント、控訴人主張の三〇パーセントの三種類にそれぞれ分けて、まずこれらの組合せ別に出る計算上の各種逸失利益を算出することとし(別表の「各種計算上の逸失利益表」(以下「別表」という。)を用いる。)、続いてさらに外朋子の具体的逸失利益について順次検討を加えていくこととする。

3  証拠(甲第二号証、第六号証、第一六号証、第二〇号証、検甲第一ないし第三号証、原審における控訴人二木啓子本人尋問の結果)によれば、外朋子は、控訴人二木雄策と控訴人二木啓子の長女で、死亡当時満一九歳(昭和四八年三月一二日生)であり、県立神戸高等学校から大阪市立大学生活科学部生活環境学科に入学しその二回生であったこと、両親から自立した人間となるよう育てられ、中学校時代には生徒会会長を務めたこともあり、高校二年生の頃から将来の仕事として建築に興味を持ち、大学も建築関係の学科を選び、一級建築士になることを志していたこと、外朋子の両親である控訴人両名がいずれも大学院に進学していたこともあって、外朋子も大学院に進学してでも建築関係の仕事に就きたいと言っていたこと、外朋子の同性の同級生の多くは、平成七年四月に就職し、男子とそれほど変わらない収入を得ていることが認められる。

4  右のとおり、外朋子は大学生で未就労者とはいえ、卒業後就職する蓋然性が高いことが推認されるところ、このような場合においては、賃金センサスの採用にあたり、学歴計ではなく、旧大・新大卒の労働者についての収入額を基準とするのが相当であり、稼働期間は大学を卒業する満二二歳から満六七歳までの四五年間とみる。

そこで、これらに従い、賃金センサス平成六年第一巻第一表(平成五年調査分)の産業計、企業規模計、男子労働者、女子労働者、旧大・新大卒記載の金額を使用し、前記2の組合せによって組合せ別の逸失利益を計算すると、別表の逸失利益欄記載のとおりの金額となる。

5  次に基礎収入及び生活費控除率について検討する。

我が国の裁判実務上、その有力な証拠資料の一つとして機能している賃金センサスに示されている男女別の平均賃金額は、少なくとも現在における支配的な雇用形態や賃金体系等のもとにおける事実として存在する客観的な男女別の平均賃金額を示しているものであり、個別的具体的な収入額を立証することができない被害者の得べかりし利益を算定する場合には、他にこれに代わる客観的な資料を見付け得ない以上、これを重要な資料として用い、これに基づいて右の得べかりし利益を算出すべきであることはいうまでもない。

しかしながら、女性の場合には、右の平均賃金は、利用によっては男性の平均賃金との間に相当の開きが生じることがあり、その原因の一つに、結婚・出産・育児による中途退職という女性特有の事情による無職者の増加、パートタイム等の低賃金労働への就職等が考えられ、女性の右平均賃金には女性の家事労働や出産・育児等の積極的な社会的貢献が適切に評価されていない(必ずしも男女の労働力そのものの格差に対応していない)きらいがあるし、また、長期間就労の可能性の高い女性の場合、右平均賃金計算の前提となっている現在までの女性の雇用形態や賃金体系等が、向こう数十年の間に、一般に指摘されているように女性の社会的経済的活動の増加傾向に伴い変化することが避けられず、長期収入予測には問題が残ることもあり、したがって、具体的被害者によっては、その得べかりし利益を算定するに際し、女性の右平均賃金のみに依拠することなく、事案に即した適切な修正を施すことを必要とする場合もある。

そこで、未就労の外朋子の場合につき右賃金センサスの数値の使用について検討するに、外朋子の経歴、生活歴、意欲、能力、家族環境、就労可能期間等の諸事情からみれば、外朋子は、就職し建築士等の専門職として稼働することが十分に予測されるところであり、また同性の同級生の多くが就職し男子とそれほど変わらない収入を得ていることに鑑みると、性別による顕著な差異があらわれる場合には賃金センサス上の男女別賃金(特に全年齢平均賃金)による女子の平均賃金の数値をそのまま使用することは相当でない。

しかしながら、現に存在する男女間の賃金格差を全く無視して男子の場合と同一に評価するのも現実性を欠くうらみがあって相当でないから、これらのもとで本件の具体的事情に即応して、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される外朋子の収入を考えると、その額は、賃金センサスによって推認される男子と女子の平均値をもってその基礎収入とし、生活費控除率を四〇パーセントとして算出するのが相当であると判断する。

そうすると、外朋子の逸失利益は、別表番号6、15、24、33、42に記載のとおり、五つの算定額が考慮されることになる。

もっとも、右五つの算定額は、それぞれ一応合理性のある算定方式に基づくものであるが、全年齢平均賃金を基礎収入として計算する場合、中間利息は複利であるライプニッツ方式で控除するのが相当であると考えるので、これにホフマン方式を組み合せた別表番号33、42の場合を除外することとし、また全年齢平均の単純平均は、離職の蓋然性が全く無視されている点においてやはり現実との乖離が否めず、将来の収入金額を確率的に推認するのに適切ではないから、別表番号24の場合も除外することとし、残った別表番号6、15の算定額のうち、外朋子が未就労年少者とはいえ既に二〇歳直前であり、また推測される前記学歴、意欲、能力、希望職種、就労期間等からみて、初任給固定方式をとる別表番号6よりも、全年齢平均賃金を基礎収入とする別表番号15を重視する方が相応しいことを考え、本件事案に即してこれを総合的に評価すると、外朋子の逸失利益は五〇〇〇万円と認めるのが相当である。

二  慰謝料について

本件事故の態様、外朋子の受傷部位・程度、死亡までの期間、同人の年齢等本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、外朋子及び控訴人両名の受けた精神的苦痛を慰謝するには、合計二二〇〇万円が相当である。

三  その他の損害について

1  葬儀費用及び墓石建立費

人の死が不可避である以上、右費用はいずれにせよ支出は避けがたいものであり、事故によりその支出が早まったものであることなどに鑑みると、支出額の全てが当然に損害額として認められるものではなく、死亡者の年齢、家族構成、社会的地位、職業等諸般の事情を斟酌して相当な限度と解される額が損害と算定されるべきである。

これを本件についてみるに、証拠(甲第二四号証ないし第二七号証(枝番を含む))及び弁論の全趣旨によれば、控訴人両名が外朋子の葬儀費用として三四三万三二五六円、墓石建立費用として五七〇万円を支出したことが認められるけれども、外朋子の年齢、家族構成、社会的地位等諸般の事情を斟酌すれば、本件事故と相当因果関係にある葬儀費用等(次の法事関係費を含む。)は一二〇万円と認めるのが相当である。

2  入退院関係費等

証拠(甲第二四号証、第二八号証ないし第三五号証(枝番を含む))及び弁論の全趣旨によれば、控訴人両名が外朋子の入退院関係費及び法事関係費等として一〇七万八七三七円を支出したことが認められるけれども、右のうち、法事関係費は先に1で判断したとおりであり、その余については、タクシー代金九万〇五六〇円、寝台車代金一万八〇〇〇円、入院雑費二万一〇〇九円、通信費四万三七四六円、文書料金九六〇〇円、交通費三八万五五〇〇円の合計五六万八四一五円を本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

四  損害の填補

前記一ないし三の合計は金七三七六万八四一五円(逸失利益五〇〇〇万円、慰謝料二二〇〇万円、その他の諸費用一七六万八四一五円)であるところ、その内金三二一六万八一四九円について既に損害の填補がなされていることは、原判決の理由説示(原判決九枚目表九行目冒頭から一〇枚目表五行目末尾までに記載)のとおりであるから、これを引用する。

そうすると、右控除後の金額は四一六〇万〇二六六円となる。

第四  結論

以上の次第で、控訴人両名の本訴請求は、被控訴人に対し各金二〇八〇万〇一三三円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであり、これと一部異なる原判決は相当でないから、控訴人両名の控訴に基づきこれを右のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 孕石孟則 裁判官 小川浩)

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